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心をザワつかせる東大合格者ランキング

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2025大学受験における学校別東大合格者数の確定値が出つつありますね。

しかし、毎年の恒例行事ではありますが、これをやり始めたサンデー毎日さんの着眼点というか…、
このデータは受験者だけでなく様々な立場の方の心をざわめかせますね。
さすがは週刊誌の着眼点というところでしょうか。

今年は公立高校の躍進とか、勢いのある私立共学校の続伸・地位固めだとか、その他個別に目立った学校(洗足など)とか、そんなことが話題になっています。
一方で、ネガティブな面では桜陰が2年連続で実績を落としていたり…、
チリ太郎の学校も同様なわけですが…。

まあ、どうなんでしょう。
先程「様々な立場の方の心をざわめかせる」と言いましたが、大きく分けると、

外野評論家(教育評論家とか、教育系ユーチューバーとか、あるいはOBなんかも含みますか)
中立的職業者(塾講師など)
当事者(教師とか受験生、数年後に受験を迎える高校生及び保護者)
次世代者(これから中学受験・高校受験となる者とその保護者)

みたいに分けられますかね。
それで、それぞれの受け止めがあると思います。

外野評論家と中立的職業者にしてみれば、毎年の東大合格者数って飯のタネという要素が強くて、どんな結果であったとしてもその現象をそれらしく解説する以外の受け止めは無いですね。
そして、次世代者にとっては、自身あるいは我が子の進路検討に少なくない影響を与える材料と言えるでしょう。

当事者の中で、各学校の教師は毎年このニュースをどう受け止めているのか? 結構興味があります。
まさか無関心ってことは無いでしょう。
さりとて、「メッチャ関心を持って見ています」なんて言うと、「東大信仰」「学歴至上主義」と言われ何か教師としての資質にまで話が及んでしまいそうです。
非常に複雑な立場ですね。

ただ、保護者の立場からしますと「教師はあくまで生徒に寄り添う者であって欲しい」という気持ちがあります。
ランキングに出るのは単なる数字(合格者数)ですが、教師の立場ですと例えば所属校のどれぐらいの生徒が東大を志望し、そのうち何人ぐらいが2次受験まで進むことができ、どれだけ合格させてやれたのかということをトータルで知り得る立場です。
ランキングに出ている情報は上辺のものであり、教師というのは毎年の受験ごとにもっともっと深い受け止めがあるはずですよね。そういう自覚のある教師のいる学校に我が子を預けたいものです。

さて、私自身の話です。

上記のカテゴリでいきますと、私自身は「当事者」になるわけです。
正直に申し上げれば、昨年までは「次世代者」あるいは「外野」的な視点でこのニュースを見ていたなという思いがあります。

つまり、

・我が子がいる学校の東大合格実績が良ければ、なんとなく鼻が高い
・我が子がいる学校の東大合格実績が良ければ、ちょっと人に自慢できる
・逆に、合格実績が芳しくなければ、「もうちょっと頑張れないかな」と思ったりする

という、実に浅ましい思考が大半を占めていました。

ただ、実際に受験年が近づき、受験年の先輩方のお話を耳にする立場になってみますと、かなり考えが変わってきます。

・東大受験というコンマ数点の争いの中で出た結果について、「増えた」「減った」みたいなことをあまり口にしたくなくなる
・合格者の数倍はいる不合格者の家庭について、納得できる受験であったのかとか、進路の見通しが立っているかが気になる
・我が子のいる学年や我が子自身の受験が納得できるものになればよいのであり、前後の年がどうとかいう情報は大して価値が無いと思える

というのが偽らざる心境です。
つまり、受験年が近づくにつれ、軽薄な気持ちが薄れ、個人主義的傾向が出てくるということですね。

個人主義的傾向って言うとちょっと嫌な響きがありますかね。

少し弁解のような解説を挟みますが、
例えば我が子の所属校での成績が30番ぐらいであったとして、例年の所属校の東大合格者数が40人ぐらいだったものが、ある年60人に増えました。
そうしたら我が子は東大合格圏内だと安心できるかという話ですね。
こういうの、目安のようでいて何の目安にもならない。東大受験ってもっとシビアな個の実力勝負だってことへの気づきという意味です。

これは当事者の中でも保護者の心境ですが、当事者中の当事者である子供の方はどうなのでしょう?

チリ太郎の場合は他者との繋がりが薄い子ですし、まだ新高1ということもあり、「先輩方の実績がどう」であり、それに対して「自分はどうする」みたいな考えは無いようです。
こうした情報、気にする子は気にしているとは思いますけどね。
また、「俺らの学年がどうである」という考えも、まだ薄いような気がします。

私立中高一貫上位校の場合、よく、

「部活動の先輩などが当たり前に東大に進学していくような環境であり、それに影響される形で自然と難関大学を志望するような風土が云々」

などと言われることもありますが、実際にそんな環境的なアシスト効果って存在するのか?
それって大人の勝手な想像なのじゃないか?
なんて疑う気持ちもありますけどね。

いずれにしても、チリ太郎が自分の進路というものを意識し始めるのはもう少し先になりそうな気がします。

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