いつも愉快な記事を提供してくださるジャーナル・ギャップさんのブログ。
何回かに1回は「なるほど!」と感心させられる記事もあります。(失礼すぎる!)
直近でアップされた記事を読んで、なんとなく長年疑問に思っていたことのヒントがみつかった気がします。
○教育に関して多くの人間が勘違いしていること
http://journalgap.blog.fc2.com/blog-entry-2271.html
JGさんの記事ですが、元となるオンライン記事(下記)をもとに自論を述べておられます。
○「名門校の教育は意味がない」多くの日本人が知らない「残酷な現実」
https://gendai.media/articles/-/76403
オンライン記事の主張を要約しますと、
・名門校にギリギリ合格した者とギリギリ不合格だった者のその後の成績を比較した米国の研究を紹介
・上記研究では、名門校の教育は特別な結果(成績向上)をもたらしていないことがわかった
・よって名門校はただ単に集まっている生徒の家庭環境が素晴らしいだけであり、特別な教育は提供していないといえる
・メディアは(教育学の専門家でもない)名門校の校長の話ばかりありがたがって取材するべきではない
これに対してJGさんは
・よい教育=成績向上だけですか?
・名門校の良さは家庭環境が素晴らしい生徒が集まって過ごすことにあり、それこそ十分すばらしいことではないか?
まあ、私の下手な要約のせいでJGさんの主張がやや弱く映ってしまいますが…。
ただ、これは本当によい議論だと思います。
実は、私も以前はこの元記事の筆者のように考えていたところがあったのです。
つまり、「御三家とかそれに準ずる学校って、皆が『素晴らしい』って言うのだけど、具体的に何が素晴らしいの?」「そこにカリスマ教師とかいたり、他校には無い秘伝のカリキュラムや授業というものがあるの?」
ということなのですが、これって中学受験を経験した親なら1度は頭に浮かぶ疑問なのじゃないですかね。
もう少し言いますと、
頑張って偏差値上位校を目指している我が子の将来を思い、そうした偏差値上位校には「何か特別な教育があって欲しい」という親の願望もあるのです。
ただ、そういうものって、どんなに調べてもなかなか見つからない。
そこにいくと、元記事で引用されている研究の着眼点はすごいですね。
「もし名門校に特別な教育があるとするなら、名門校にギリギリ受かった者とギリギリ落ちたものの将来に明確な差が出るはずだよね」という仮説に基づいた研究です。
ただ、ここでいう「教育」は「成績を向上させる力」を指しています。
この仮説、よく考えると「そんなわけないよね」ということがわかります。
例えば、開成にギリギリ受かった子、ギリギリ落ちて海城や本郷に進学した子のその後の成績の伸びを見たら、開成の子の方が明らかに優っていた… なんてこと、想像できますかね?
一方、JGさんのご見解というのは人生を達観した方の論であって、中学受験にある種の幻想を抱く保護者にとっては、もしかしたらやや弱く映るかもしれません。
高偏差値の学校を目指して子は頑張っている。そこに合格したなら、それに相応しい教育がなされているはず…と思いたい。
それに対して、
「そこには同じように家族一丸で努力してきた学友がいます。そこで過ごす6年間、実にすばらしいじゃないですか」
と言われたら、「うーん、もうちょっと特別な何か…、ないですかね?」と思ってしまいそうです。
ただ、現実的にはその子の人生の中で通う学校の違いとはそれぐらいのものなのかもしれません。
偏差値の高いA校に行ったとしても、それより偏差値はちょい下がるB校に行ったとしても、「どちらにしても素晴らしい経験が得られる」というのは多分、長い人生の中では真実なのだろうなと思いました。