休校対応で他人が気になる不思議

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現在、同じ都道府県の中でも、登校や自主休校の取り扱いが異なるようです。
しかし、現在の感染拡大状況が変わらない限り、自主休校は容認する自治体が多数でしょう。

このように、平時と違って

「学校に無理して来なくても大丈夫ですよ」「自主的に休んでも、不利益はありませんよ」

というようなメッセージが発せられると、様々な議論で騒がしくなるのが日本人の特徴といえるかもしれません。

「自由にしていいですよ」と言われているのですから、他人は関係なく、それぞれが自由に判断したらよいと思うのですが、日本人というのは他人の動向がとくにかく気になってしまうのですね。

気にするだけなら別に悪くはないのですが、そこに意見をしちゃったり、「〇〇すべきだ」的な論陣を張ってしまったりするので、無用に議論がヒートアップしたりします。
このあたりはソーシャルメディアの発達による影響も大きいでしょうね。

人が揉めているのを見て思うのは、

「その人の一般論としての主義・主張ってどれほどの意味・重みがあるんだろうか?」

ということです。

教育界に身を置く人で無い限り、親は子供を媒介にしてしか学校とかかわりませんので、その方が現状の教育現場を正しく把握している可能性はかなり低いです。
また、もともと個人によって方法論や効果がかなり異なる分野ですので、一般論を絶対に揺るがないかのように主張されても…。

無知の知と言いましょうか、私の場合は子供も一人しかおりませんし、教育現場については極めて少ない情報しか持っていないことを自覚しています。
そんな私が、現状の自主休校対応について個人の考えを書くとするならば、以下のようになりますかね。

・中学受験の合否のことだけ考えれば、全休又は適度に休校して、受験勉強の時間を拡大させた方が有効だろう。
・ただし、上記は保護者などが平日の日中に面倒を見られることが前提なので、実際に効果を上げられる家庭は限られそう。
・チリ太郎については、本人の意見は特に聞いていないが、可能な限り学校には登校してもらおうと思っている。
・その理由として、学校で教師や児童など、多くの人と触れ合う経験をしてもらいたい。また、集団の中での行動も学んで欲しい。
・上記の学びについては、必ずしも「学校に通っていれば学べる」というものではないが、逆に、家庭レベルではそれを学ばせることは不可能。
・結局、「学校で得られる学び」について、保護者がどれだけ価値を認めているかが問題。
・上記から、公教育の価値を低く感じている家庭が、他の活動に時間を充てたくなるのは当然。また、その逆も当然。

あくまで、チリ太郎を通じて感じることです。
もし、全く違うタイプの子供を持ったなら、また異なる感想を持つと思いますし、その子には異なる対応を取る可能性が高いと思います。

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