前回、前々回の記事で、「将来の夢」について記事にしました。
その導入部分で、チリ太郎の学校の保護者会での担任の先生のお話を引き合いに出しましたが、チリ太郎の担任の先生が話題にされていたのは2つのポイントがありました。
高2生との面談では「将来についての悩み」とともに、「進路についての悩み」もよく聞くということ。
つまり、
「大学には進学すると思うのだけど、そこで何を勉強するのか。自分は何を勉強したいのかがわからない」
という悩みですね。
こういう進路の悩みというのは、得てして比較的成績が良く物事への関心が広い生徒が抱えがちです。
言い方は悪いのですが、特定の教科の成績がすこぶる悪く、本人がそれに対して足掻くつもりがない場合など、本人が勝手に進路の選択肢を狭めていきますのでね。(私がそうでしたが)
また、そうかと言って、様々な才能に恵まれつつも、なぜか本人が進路を確信しているケースもあったりします。
まあ、本人に迷いがないわけなので、先生も親も口を差し挟む余地は無いのですが、「もう少し視野を広く持ってもよいのでは?」という言葉をかけたくなるような生徒もいるでしょう。
こうして書いていて気づくのですが、進路は「決めるもの」であって、悩むものではありませんね。
人生における大きな分かれ目になりますので、真面目に悩んでいる生徒がいるならば、いっしょに考えてあげたいところです。しかし、この「何を学びたいかわからない」「どれがベストかわからない」という類の悩みには誰も答えは出してあげられないのです。
すごくザックリとした例を挙げますが、
例えば今日本で活躍しているプロスポーツ選手は、小さい頃、複数の競技で才能を示していた方が多数いらっしゃると思います。(それがトップレベルで維持されると「マルチアスリート」と呼ばれたりします)
ただ、トップを目指す上では全ての競技を同時にできないので、ある時点で「1つないし2つ」を選び、選んだものを突き詰めていってトッププレーヤーになるわけです。
※1つないし2つと言ったのは、ボー・ジャクソンとかディオン・サンダース(いずれも野球とアメフト)のようなとんでもないマルチアスリートがいらっしゃるからです。
彼らのキャリアを想像してみたとき、果たして、「どれを選ぼうか」と悩んでいた期間に大きな価値があったか? 悩めば悩むほど成長に繋がったなんてことがあったか?
もちろん、物事を選択するときに「悩み」はつきものなのですが、それはあくまで「選ぶためのプロセス」であるべきですよね。
以上は「進路の悩み」について私が思うことです。
さて、我が家のチリ太郎です。
チリ太郎ははっきりとした進路は表明していません。
心の中では決めていて周りには言わないだけという可能性はありますが、どうなのでしょう。
妻などはチリ太郎の進路は理系一択であり、化学や物理を研究するような学部を志望するものだと決めつけているフシがあります。
成績とか得意教科、本人の様子などからそう判断するのも無理はありませんが、一方で私はあまり決めつけてかからないようにしています。
学問というのはどの分野も奥が深く、分野なりの楽しみがあるものだということを伝えて、なるべく視野を広く持ってもらうように声掛けをしています。
先の話と逆のこと(選択から遠のくこと)をしているように見えるかもしれませんね。
でも、チリ太郎は私が先に書いたようなことを理解していそうなところがあります。
チリ太郎は決して決断力に優れているタイプではないのですが、物事に対して「悩む」というより何かを「考える」ことが先にくる子です。
そういう子なので、自分なりの答えを出す前になるべく広めに情報を与えてあげた方がよいと思っています。