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人の成長に似て

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秋ジャガイモ

写真は我が家の家庭菜園で収穫した秋ジャガイモです。
植えるのが遅かったこともり、収穫は年明け早々になりました。
大きさにばらつきがありますが、用途を工夫すれば食べるのに問題はなさそう。

現在の家に引っ越して、庭の片隅に家庭菜園を造ったのですが、昨夏に枝豆、秋冬にジャガイモ、ブロッコリー、カリフラワーを育てました。(ブロッコリー、カリフラワーは現在成長中です)
野菜など育てたことがない私が思いつきで始めたことなので、失敗の連続ではありますが、枝豆もジャガイモも、少しばかりは収穫できる量が生き残りました。

家庭菜園にはいろいろなことを教えられます。

まず、農家の方へのリスペクトですね。

家で作る野菜は、味の面、見栄えの面で今一つ。まあ、「こんなものか」の域を出ません。
市場で売られている野菜を当たり前の品質と思って生きてきましたが、あんなレベルにはとても追いつけません。
よい野菜を作るために、時間、経験、環境、様々なものを備えなければなりませんが、それらをもってなお努力をされているのが農家さんであり、本当にすごいことだなと思います。

また、野菜や植物を育てていると、なんだか人生を教えられるというか、そういうところがありますね。
特に、子育てと似ているところがあって、改めて教えられます。

具体的には、

成長のための環境の重要性

待つこと。時間の経過の重要性

ですかね。

1つ目の「成長のための環境の重要性」
ネットで調べると、野菜は少し大きめのプランターで育てられるという記事をよく見ます。
実際、それでなんなく育てておられる方もいらっしゃるはずですが、我が家はことごとく失敗しました。
比較的大きな鉢に買ってきた培養土で問題ないはずですが、同じ野菜を畑に植えてみると成長の違いが段違いであり、鉢の方は実を結ぶまで持たないことが多かったです。
決定的な原因として何が良くなかったのか、今でもよくわからないのですが、おそらく、

「環境で劣る方の野菜は、畑の野菜よりももう少しマメに手入れをすべきだった」
と思っています。環境で劣っているのに、「これで大丈夫」という言葉を鵜呑みにしすぎたと思います。

そんな経験から、

最小限の環境でも大丈夫だが、成長のための環境をケチると失敗しやすい
また、環境で劣っている時間があるならば、普通より気を遣わなければいけない

という教訓を得ました。

これ、子育てでも同じだなと思います。

2つ目の「待つこと。時間の経過の重要性」
野菜を育てていると、芽が出て、本葉が開いて、花が咲いて実が成ってという一連の成長が待ち遠しくて仕方なくなります。
そして、早く成長して欲しくて、「何かやれることないかな」と気が急くのですが、実際には人間にやれることなんて限られます。
太陽の光と適度な水やり、あとは土の栄養と、
そうした自然の力を受けながら、成長のためには絶対的に「時間」が必要です。
そして、成長するまでの間は、人間は「待つ」しかないのです。

本当にね、人間の成長も同じです。
チリ太郎ももう高校1年生ですが、もっともっと成長して欲しくて、日々「何かできることはないか」と今でも思っています。
でも、あれこれと働きかけても、それが即人間の成長に繋がるなんてことはないでしょう。
もし何かしてあげるのだとすれば、その働きかけを継続して、自然な環境の一部のようにして2年、3年と続けて、はじめて人間の成長に寄与することができる。
そんな気がします。

ということで、植物を育てるというのはなかなか教えられることが多いです。
できれば、チリ太郎がもっと小さい頃に家庭菜園のような環境を用意してあげられたらよかったと思ったりしますが、まあ、地味な趣味ですからね。小さな子が興味を持てるかどうか。
むしろ今のチリ太郎の年齢ぐらいの方が、私と同じで感じ取れること、新しく発見することが多いかもしれませんね。

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