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小学生の勉強こそストロングスタイルで

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私は小学校5、6年生のとき、少年柔道を習っていました。友達に誘われたのがきっかけで、他の子に比べれば遅い入団でしたので、ちっとも強くなりませんでしたが、それでも、6年生の最後の大会では、ほんの少しだけトーナメントを勝ち抜くことができました。(詳しい成績などは記憶にありませんが)

私が習っていた少年団は、地域の接骨院の先生が顔役で、他の指導者は同じく地域の経験者のおじさんたちでした。
試合の勝ち負けにこだわらず、礼儀と基本を重視するよい少年団だったと思います。

それで、最後の大会で、少しトーナメントを勝ち進んで、最後に負けてしまった相手のことを強烈に覚えています。

負けて悔しかったから?
いえ、少し違います。

その相手は、組手や体勢が不十分でも、構わずに技をかけてくる人でした。
他の子との対戦を見ていて、最初からわかっていたことですが、私との試合でも、組んだらすぐに背負い投げの繰り返し。
そして、少年柔道では、両膝をついての背負い投げは禁止でしたが、時にはとても低い体勢で倒れこみながら技をかけてきて、自ら倒れこんだらカメの姿勢で寝技を封じることの繰り返し。

こういうのは、度が過ぎると「掛け逃げ」という反則になりますが、逆に、「掛け逃げ」ととられなければ、私の方が「消極的姿勢」を注意されることになります。

私のいた少年団では、「お互いにしっかりと組んだ(組ませた)上で、きれいな型で技をかける」ということが指導の中心でしたので、こういう実践的なテクニックは教えてくれませんでした。

結局、私はなすすべがなく負けてしまい、ただただ、相手に対し「お互いにちゃんと組めさえすれば、負けないのに。卑怯なやつめ。」という思いだけが強烈に残ったのでした。

私は成長し、その時のことを思い出すたびにこう思います。

「子供にあんな柔道を教える指導者は最悪だ。」

あんな腰の入らない体勢(逃げ腰)で背負いをかけても、絶対に一本を取れません。
ズバンッと畳に倒して一本をとる爽快さ。それを放棄した柔道なんて、楽しいのでしょうか?
あの子は、若いうちか実践的すぎる柔道を教わって、中学に進んでも柔道を続けたのかな…。

私は子を持つ親になり、子が中学受験をしようかどうかという年齢になってみると、少年柔道での記憶が蘇ります。

「負けてもいいから、勉強もストロングスタイルで臨んで欲しい。」

もちろん、弱者がストロングスタイルで臨み、簡単にひねられる姿はみっともないです。
人によっては、「弱いなら弱いなりに、簡単に倒されない工夫をしろ!」という人もいるでしょう。
もしかしたら、私と対戦したあの子も、そんな声をかけられたのかもしれません。線の細い子でしたから。

柔道は、最悪、小学生だけの思い出にしてしまうことができます。
しかし、勉強は柔道と違って、「中学では勉強しないから」というわけにはいきません。一生続く道です。
弱くてもよいから王道スタイルで臨み、それでかなわなければ、同じスタイルで、中学、高校と続けていくしていくしかありません。

「例え結果が出なくても、小学生の勉強こそ、愚直であれ。」
私の信条です。

ちなみに、私の習った柔道は、礼節と正しい技の型を体に染み込ませてくれました。
中学校、高校の体育の時間では、模範的な技の型を褒められましたし、大学に入っても役に立ちましたので、私の10代をしっかりと支えてくれました。

言うは易し。何もないときに正論を吐くことは簡単です。
問題は、いざというときに、「短期で結果が出そうな方法論」よりも「愚直に基本」を選択する勇気を持てるかです。
だから、何もないときにこうした記事を書いて、自分の気持ちを再確認しています。

私の柔道は、結果的に全く間違っていなかった。
勉強も、きっと同じはず。

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