皆様、新年あけましておめでとうございます。
(ずいぶん遅いご挨拶となり恐縮です)
2026年の年始はブログも更新せずゆっくりさせていただきました。
家族でテレビを見たり、チリ太郎のゲームの様子を眺めたり…。
(なんだか、冬休みの間に急にプレステでバイオハザードシリーズをやり出しました…。唐突に。)
本当に、家族がキュッと集まって過ごしているのが青ティ家なので、実質6畳2間ぐらいのスペースしか使用していない気がします。2026年も相変わらずな我が家です。
1月2日、3日と箱根駅伝をダラダラと見ました。
チヤホヤされる人を嫌う傾向のある妻は、青学が大逆転でトップに立ったあたりで見るのをやめていましたが…。(「またあの監督が得意顔で出てくるのか。あ~あ」とか言ってました)
シード権のかかる10位争いもなかなか見ごたえありましたね。
ことさらにドラマ仕立てにして語る必要もありませんが、あのシード権10位を合格ラインと見立てるならば、箱根駅伝も受験と似ているなぁなんて思いました。
もちろん、10人が襷を繋ぐ駅伝と、個人で臨む受験は大きく異なるものですが、例えばチームを個人と見立てたならば、青学の逆転などは鉄板層の受験。「真に力のある人は、前半で不調があっても慌てずに挽回することができる」というところを体現しているようでした。
一方で、前年7秒差のシード落ち(11位)から予選会に回った順天堂大は、シード校を多数押しのけての総合3位でゴール。
僅差で不合格を味わった生徒が、1年後や3年後、6年後にしっかりとした力を発揮して
リベンジを果たしたかのようでしたね。
まあ、冷静に戦力を見るなら、実力では「優勝争いグループ」、「シード争いグループ」、「それ以下のグループ」みたいに分けられそうですが、各グループ内の実力は拮抗しているでしょうし、シード権付近の順位はそれこそ試験のように「水物」と言えるかもしれません。
だから、見方によっては、
本来優勝争い級の実力を持っているはずの者でも、展開が向かなかったり、ちょっとした不調が重なると入賞圏にすら入れないことだってある。
ということであり、それが「水物」と言われるゆえんですよね。
大学受験では共通テストが迫っています。
中学受験も、間もなく埼玉受験本番ですね。
頑張っている本人は「絶対に」という思いが強いと思いますし、指導する側も「そういう気持ちを強く持って最後まで粘れ!」と指導する人が多いでしょう。
ただ、試験を終えた後の結果は「水物」であると割り切ることも必要になってくると思います。
試験が水物である以上、望まない方向に結果が転げることも往々にしてあります。
もしそういう場面に遭遇することがあったら、「良い負け方」、「よい割り切り方」を心がけるべきでしょう。特に保護者は、そういう心の準備をしておくことが大事です。
受験生(子供)は少なからず傷を負います。
しかし、それはこれからの人生で味わう痛みの1つに過ぎないことを大人は知っています。
難しいかもしれませんけど、ここのところの親御さんの対応は結構重要だと思います。
私が気を付けていたのは、
前向きな気持ちを失わせないようにすること
負け癖につながらないようにすること
ですね。
チリ太郎も中学受験では1つ不合格をもらっています。
ほぼ記念受験ではありましたが、2月3日の筑駒受験です。
私が見るに、チリ太郎はペーパーテストが不得意というわけではないので、この1敗が負け癖に繋がるとは思いませんでしたが、「自分のポテンシャル」とか「自分の可能性」まで自ら否定しないよう、総括的な話はしました。
今のチリ太郎の成長を見ると、うまくやれたのかなと思っています。
一番避けたいのは、親が子供の能力に見切りをつけてしまうことです。
眠っている才能を信じて、その子の成長しやすい環境に置いてあげれば、しっかりと成長するはず。それこそ、中学受験のような短期戦では見られないような成長を遂げるはずです。
そういう意味で、中学受験の結果を絶対視せず(過信も否定もせず)、我が子の良い点をしっかりと評価してあげることですよね。
(私は苦手な点は滅多に指摘しません)
そんなこんなで、まとまりのない話ではありますが、「そういう時期」になってきたので思うところを書いてみました。
ネタ切れ感のあるブログですが、もうしばらく更新を続けるつもりなので、どうぞよろしくお願いします。