まちがいさがしの間違いの方に
生まれてきたような気でいたけど
まちがいさがしの正解の方じゃ
きっと出会えなかったと思う♪
菅田将暉さんの「まちがいさがし」の歌詞の冒頭、深いですよね。しかし、こんな経験は高校を卒業してからの方がよく、人生の序盤で経験しないようにするのが親のつとめかななんて思ったりします。
私も高校生くらいまでは、比較的「正解」の方の人生を歩んできたと思います。おそらく、私の両親が影でしっかりと見守ってくれていたのでしょうね。
さて、そんな私の「正解」の人生の只中、小学6年生の頃の話でした。
小学校の高学年になった私は、認知の発達のせいか、学業においては不安定なところが少なくなり、通知表の成績も概ね良かったです。6年生の時点で、2つ3つの教科を除いて、だいたいが5の評価をもらっていました。
ただし、勉強において突出したものはなく、運動も校内で指折りというほどでもなく、リーダーシップもなくという感じで、非常に平凡な成績の良い子だったと思います。
そんな私の前に現れた超小学生級の2人、A君とB君は、平常運転であった私の人生に変化をもたらしました。
公立校の強い地方の小学校の生徒は、校外模試なんてものの存在も知りませんので、小学校の通知表で5の評価を受けている子の場合、それ以上頑張るという意識は薄くなります。しかし、都心では当たり前ですが、世の中にはさらに自分を高めるべく、先取り勉強をしている人がいるのです。A君とB君は、田舎には珍しいそんな人でした。
ある日の算数の授業後、確か、鶴亀算のような授業の後だったと思います。
A君とB君が教室前の黒板の隅で、コソコソ話しながら何か落書きをしていました。
私はそれに気づき、話に加わろうと思ったのですが、黒板に書いていたのは落書きではなく、xとかyなどを使った数式で、2人は私にはわからない、その式についての話をしていたのでした。
A君は私を見つけると、
「これ、方程式って言うんだけど、授業では表を使って答えを出してたとこ、この式を解くと答えが出るんだよ。」
と教えてくれました。
B君が、「中学校で習う内容なんだけどね。」と補足してくれました。
私は、「(なんで中学校で習う内容を知ってるんだろう?)」と思うとともに、その時、非常に素直に、「(かっこいいなぁ)」と感じたのでした。
その後、A君はZ会という通信教育で勉強していること。B君は、私が見たこともないような分厚い参考書を持っており、そこに、小学校では習わないことがたくさん書かれていることなどを教えてくれました。
その日以降、私はすっかり2人に感化されてしまい、B君の持っている分厚い参考書の中から、私にもできそうな難問を出してくれと2人にせがむようになり、当たり前に解けないので、その解き方を教えてもらうというようなことを繰り返しました。それが、私たちの中では、遊びのようなものでした。
また、もともと算数の能力ではポテンシャルの差がありすぎたため、私は私なりに、「暗記系なら2人にも勝てるかも」と思い、社会の地図帳に載っていた世界の国とその首都の名前を暗記する遊びを始め、2人も喜んで乗ってくれました。(当時は160ヵ国程度でしたが、今でも結構覚えています。)
A君は全く飾らないタイプの人でした。こんなことを言っていたのを覚えています。
「僕さ、よく人に『なんでそんなに頭がいいの』って聞かれるんだけど、そういう時は、『勉強してるからね』って答えるようにしてるんだ。勉強してないフリするのって格好悪いじゃない。」
勉強以外の面でも、A君は程よく型破りなところもありましたので、面白いいたずらを考え実行するなど、子供らしいこともしました。また、A君のリーダーシップに引っ張られ、B君も一緒に生徒会活動なんかもやりましたね。(青ティは副会長)
この小学6年生の時の日常を通じて、私の中で、「学校の勉強とか関係なく、自分から勉強するのって楽しいものなんだ」という感覚が芽生えました。
その6年生の2月のことでした。体育の授業のあとだったか、場所は校庭であったと記憶しています。担任の先生がクラス全員を整列させました。B君を傍らに従えています。
「B君はT中学の入試に合格しました。来年から、T中学に行きます。」
その時のB君の表情は覚えていません。なぜなら、担任の先生の表情があまりにも誇らしそうであったため、私は不思議に思えてそちらにばかり目が行ってしまったからです。
T中学は私立中高一貫校で、県で1・2を争う進学校でした(東大にも現役で20人以上合格するような学校です)。もちろん、そのことを私が知ったのはだいぶ後で、「なんだよB、一緒にS中に行くんじゃないのかよ。」と言ったのを覚えてます。
おそらく、A君はB君がT中学校を受験することを知っていたと思います。あのレベルの勉強をするのに、目的が無い訳がありません。しかし、当時の私はそんなことにも気づかず、こんな楽しい日々が中学校まで続くのだと思っていました。
(つづく)
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