豊かな教育に必要なもの

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各大手塾の2021入試分析会が終わり、2021年度大学入試の学校別東大合格者ランキングなどが確定しますと、いよいよ、志望校選びの材料が出揃い、2022年や2023年受験のご家庭は具体的な学校名を挙げながら、

「校風は我が子に合っているだろうか」
「入試の難易度はどうだろうか」
「直近の大学進学実績はどうだろうか」
「それらの材料から、自分の受験年の倍率が変化するだろうか」

など、いろいろ考えると思います。

そういう工程の中で、思考の多くを占めるのはやはり

「その学校で大学受験までのロードマップをどう描けるか」

ということかなと思います。

多くの方が、「学歴はあるに越したことはない」し(どちらかといえば)「良い大学に行くことで将来の選択肢が広がったり、豊かな生活に近づいたりする」と思うからこそ、そこを重要視するわけです。
この点はきれいごと抜きで私もそう思います。

ただ、通勤途中に読んだ以下の記事を見て、少し別の考えを持ちました。
「文科省の「探求学習」は必ず失敗する」
https://news.yahoo.co.jp/articles/91afd354cb496867c3527f2187ae7393d09d060f

東京大学の伊東 乾氏の記事で、タイトルどおりなのですが、失敗するという理由を端的に言えば、

「碌な研修もなくやれと言われてできるわけがない」

ということになります。

また、著者は同様の政策失敗例として「ゆとり教育」を挙げ、その提唱者でもあり、高校(武蔵)、大学(東大)の先輩にもあたる故有馬朗人氏を回顧するだけでなく、明治時代1920年の教育改革からの流れなどを交えて説明しています。

記事を読んで私が思ったのは、
「豊かな教育を実践するためには、やっぱり、そこにどんな先生がいるかが一番重要かもしれない」ということです。

失敗の烙印を押された「ゆとり教育」だって、今回の「探求学習」だって、目指す方向性は似たようなもので、教育の本質を突き詰める中で、「こうしてはどうか?」「ああしたらどうか?」といって出てきた手段なのだと思います。

文科省が方向性を示したとしても、やるのは現場の教師ですからね。
要するに、意図するとおりにできるかどうかは教師の質や能力にかかっているわけです。

まあ、その学校にいる教師の質を入学前に知るというのは、正直言ってかなり難しいでしょう。
しかし、自分の場合は可能な限り、そういう部分にも拘って学校選びをしてみたいなと思いました。

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