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天王山は目に見えないもの

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受験界隈では、「夏休みは天王山である」とよく言います。
天王山とは勝敗の分かれ目となるような大きな分岐点のことを指します。
夏休みは学校の授業も無く時間の自由が利くため、苦手教科の克服とか、ライバルと差をつけるワンランク上の対策が可能というようなことで、この期間の過ごし方が大変重要だとのことから「天王山」と言われるわけです。

まあしかし、これは塾のセールストークが一般に定着したものだと思っています。
上記のような説明をされると、確かにそうだなと納得させられてしまうのですが、実際のところは、受験生の夏休みは塾の講習、合宿などの日程ががっちり組まれており、言う程自由な時間なんて無いのです。
学校が無いので、自由時間があると言えばあるのですが、その自由時間を勉強で埋め尽くすのが勝利への近道なのか…、これもわからないところです。
私などは、勉強勉強と気の張った生活を送るよりも、バランスの良い生活を送ることの方が大事だと思っていますけどね。そのあたりはどうでしょう?

「夏休みは天王山」という言葉にさらに異議を唱えるなら、

それぞれの成長曲線がある中で、ただ1つの期間が万人にとっての大きな分岐点になるはずがない。

ということも言えると思います。

例えば、もううっすらとしか記憶にありませんが、チリ太郎の中学受験の「天王山」はどこであったか? と聞かれたら、私は、

新小6の3月に受験した(早稲アカの)NNオープンテスト

と答えると思います。

相当古い話になってしまいますので一応申し上げますと、
チリ太郎が本格的に中学受験の勉強を始めたのは、小5の秋頃とかなり遅いスタートでした。新小6の時点で受験勉強の面では先行していたライバルが多かったと思いますが、NNオープンテストでわずか3点だけ基準点を上回ることができ、NN前期の受講資格を得ることができました。
そこからNNの前期授業に通う中で、本人も親も、ある程度受験に対する決意が固まっていったように思います。この講座で教わったことがどうこうということではなく、これ以降に1つの大きな流れができた出来事でした。

チリ太郎の今の学校での成績を思うと、中学受験で合格をもらえたのは順当な結果であるという見方もできます。
しかし、能力的に足りていたとしても、小6という未成熟な時期には振れ幅もあると思いますので、1つの出来事が大きく流れを引き寄せ、合格へと後押ししてくれることがあるでしょう。それがまさに「天王山」なのですが、あくまでもこれは「後から思えば」という話です。

そう、天王山って、事前にはわからないのですよね。

また野球の話になってしまいますが…、
1つのゲームでは必ず勝敗の分岐点となるようなプレーがあります。
しかし、それを事前に察知して勝負手を打てるかというと…、
そんなことは稀ですし、その勝負手が奏功するかどうかもわかりません。

そう、基本的には結果論なのです。
そんなものが事前にわかるとしたら、それはもう天才勝負師みたいなものでね。

ですので、こう言ってしまうと元も子もない気もしますが…、

本当の天王山というのは事前に知ることができない。
一方で、物事の分岐点というのは確かに存在し、そうしたものを機に目標に向かう大きな流れを引き寄せることがある。

というようなことは言えるかなと思います。

皆さんにとっての天王山は、これから来るのかもしれませんし、既に越えているのかもしれませんね。

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