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ニュースから得る教訓

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ブログ記事としては旬を逃してしまった感がありますが…

3月31日の夜にテレビを見ていて、やたらとフジテレビのことばかり取り上げているなぁと思ったら、中居氏とフジテレビの問題について第三者委員会の報告書が公表されたとのこと。

公表資料は読まずとも、各局のニュースを見ているだけで十分でありましたが、私が率直に感じたことは…、実に不謹慎ながら…、

このニュース、チリ太郎に見せてやりたいな。
必要な教訓を教えてくれるニュースだな。

ということ。

本当に不謹慎で恐縮なのですが、我が子に起こしてもらいたくない犯罪があるとすれば、殺人の次に性犯罪かな。
でも、人を殺めてはいけないということは常に伝えることができるのですが、性犯罪については従来、
・蓋をされて世の中に出てこない
・あまり子供の目に触れないようにされてきた

みたいなところがあったかと思います。
そういう扱いが子供の学ぶ機会を阻んでいた気がします。

しかし、この中居氏とフジテレビの問題については、実際の性暴力等の行為は守秘義務云々の関係であまり生々しい情報が表には出てこず、一方でそこに至る行動の詳細は今回の報告書でかなり明らかになっていました。
一旦は削除されたと言われている中居氏とフジのプロデューサーのメールやりとりなどが再現されており、加害者側(と敢えていわせていただきます)が裏で交わしていた内容にかなりリアリティがありました。
悪いことをする奴のリアリティですね。

このニュースを使って子供に何かを伝えるなら

「権力を得た者、社会的地位を得た者が最も気をつけなければならない問題がある」

ということです。

そして、私の場合は、決して「道徳的な問題」にすり替えずに子供に伝えたいです。

つまり、人間というのは権力を得るほどに危うい立場に追い込まれ、錯覚により自ら間違いを起こしがちである。そこには、明確に注意しなければならないポイントがあるということを教えたいのです。

私の会社でもそうなのですが、出世して偉くなっていくと、自分の下に管理する人・関わる人が増えすぎて、個々に寄り添うことができなくなっていきます。
そして、人を物や駒と錯覚したかのような発言が出始めます。

もちろん、ビジネスではそういうドライな感覚の方が成果を出せる場合があります。
ただ、どこかで一線を引けていないと、権力者が陥りがちな間違いを起こします。

物や駒のように見えるものも、一人一人は感情を持った人間であり、「本当に物や駒のように扱ってはダメだ」ということです。
本人と対峙するときにはそんな間違いは起こさないと思いますが、

例えば業績の数字を追っているとき
例えば部下を通して社内の状況について報告を受けるとき
例えば人事の案を考えるとき

「これらの人々はモノではなく、それぞれの考えと感情を持った人間であり、必ずしも意のままに扱えるものではない」ということを心の片隅にでも残していないといけません。

人と向き合うことって面倒臭いですし、時間もかかりますし、とにかく効率は悪いです。
組織内での立場が上にいくほど、「自分が皆を気にするのではなく、皆が自分に合わせ、指示通り動くべきだ。それが組織というものだ」という感覚に慣らされてしまいます。
でも、人間は上司の指示で100%動くわけではなく、気持ちで動く部分もありますからね。
組織の中で思ったように成果が出なかったり、トラブルが発生してしまったり、トラブルが収拾しないときには、どこか「人の気持ちに向き合っていない面がある」可能性が高いです。

まあ、チリ太郎がどのような人生を望み、どういう仕事に就いていくかはわかりません。
ただ、どの分野で働くにしても、中居氏とつるんでいたプロデューサーぐらいの地位には到達する可能性があります。(それぐらいのポジションの人は世にたくさんいらっしゃるでしょう)
それぐらいの地位でも、権力者っぽい間違いを犯す可能性があるってことですね。

我が子には、そういう間違いは犯してほしくないものです。

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