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ズボラでも大丈夫

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少し前の話になりますが、チリ太郎が新学年の始業式を迎えましたので、チリ太郎の勉強机周りの片づけを実施しました。

チリ太郎の勉強机は中学受験勉強用に簡易のものを設置し、それを流用し続けています。
しかし、その机はいつの頃からか教科書やプリント類の置き場所となり、勉強のためにはあまり活用されなくなっていました。
(それでも、PCを閲覧したりする程度の空スペースはありましたが)

新学期が始まり、新しい教科書類などを持って帰ってきたところで、

チ:「この机、どうしよう…。プリントだらけで置き場所が…。」

妻:「自分の机ぐらい自分で整理しなさいよ。」

青:「まあ、ここまで溜まってしまったら自力では無理だよね。大仕事だから皆でやろうよ。」

という流れとなり、半日ぐらいかけて片付けをすることにしました。

はっきり言って、我が家に掃除や片付けが得意な人はいません。
机の周辺が片付かないのはチリ太郎の自己責任とも言えますが、かくいう私も妻も、自分の持ちスペースは非常に雑然としています。
加え、チリ太郎が中学受験で使用していた参考書や問題集も、まだ共用スペースに残っていたりします。(確か…、私が『売れるものは取っておこう』と言ってそのままになっていたような…。)

そんな感じで、我が家にきっちりした性格の人はいません。
だから、こと片付けに関しては誰かが誰かの責任を指摘するなんておかしなことで、皆の物を皆で協力して片づけるべきなのです。

普段は片付けなどしないチリ太郎ですが、そのようにして「皆でやろう」と声掛けすると急に張り切りだします。

そうなんですよ。
私もそうですが、片付けが苦手な人でも、汚いのが好きなわけではないのです。
本質的には、皆、整理整頓された状態が気持ちよいのですよ。
その状態をキープしたり、現状復帰するのが面倒なだけなのです。(その点がきれい好きな人との大きな違いなのですが…)

片付けの間、私は主に、チリ太郎の教科書や溜まったプリントをチリ太郎に聞きながら仕分けしていました。
私自身はチリ太郎の学校関係の世話を妻に任せっきりで、全然なにも見てあげられなかったので、

青:「これは何のプリント? この問題集は全部やっていなくてよいの?」

なんて聞きながらやっていたのですが、チリ太郎は結構なスピードで目を通して、いちいち説明してくれました。

私は、

「チリ太郎ってこういうところの処理力は非凡なところがあるよなぁ」

なんて思いながら、一方で

「こうして確認しながら片付けをすると、1年を振り返ることができるから、チリ太郎自身にもかえってよい効果があるかも」

なんて思いました。

例えば、見ていない教科書、やり切っていない問題集なんかを見つけたとき、それを取っておくか捨てるかを判断する上では、「今後の自分に必要かどうか? 見返す機会があるか?」ということを考えなければいけません。
それってよいトレーニングだと思うのですよ。

ネットでブログなどを見ていますと、

中学受験が終わったら「それらの教材は一気に片付け」
新学期が始まったら「旧学年の教材類は一気に整理」

というように、ずぼらな私には想像できないほどの親力をお持ちの保護者様がいらっしゃいます。

本当に素晴らしい能力ですし、そうできるのが羨ましいと思う気持ちもあります。

ただ、我が家のようなずぼら一家でも、親が一緒に手伝うことで別の教育機会とすることもできるので、

片付かないことに苛立たず
片づけられないことを責めず

状況や性格に応じてポジティブな方向に向かうようにやっていければいいかなぁと思います。

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