パラは最高の教材になる

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昨日、東京2020大会について記事で少し触れさせていただきました。
当然のことですが、8月末に予定されていたチリ太郎の小学校のパラリンピック観戦も中止になりました。(中止決定、まあまあ引っ張りましたね。)
これについては、模試の日程と被っていたので助かったという気持ちです。

各学校で予定されていたパラリンピック観戦については、いつか記事にしようと思っていたのですが、中止となったこのタイミングで対案なども含めて書いてみようかと思います。

学校で予定されていたパラ観戦がどういう意図、どういう学習深度で企画されていたものかは知りません。
ただ、私の経験から申し上げれば、パラ競技を観戦するだけなら、生で見るのもテレビで見るのも変わらない気がします。

ウィルチェアラグビー(車いすラグビー)なんてオリ競技より面白いと思いますし、生で観戦したらその迫力に驚くかもしれませんが、ルールがまた面白くできているので、その点は是非解説ありで見てほしい気がします。
ボッチャなどは小学校の授業で体験した子も多いかもしれませんが、これも様々なケースでマニアックなルールがありますので、勝負所を理解するには解説が必須な気がします。
要するに、生で見たら生観戦したなりの良さが、テレビ観戦したらテレビなりの良さがありますので、「生観戦でなければ教育にならない」というほどの違いは無いと思います。

もし学校の教育計画の中で、「パラアスリートの凄さを実感する」というような意図があったのなら、競技はテレビ観戦で幅広くした上で、大会が終わった後に、パラアスリートの練習する施設を訪問するというような2段階の企画にする方がよいと思います。

と言いますのも、私自身、パラ競技を観戦したり、簡単な体験会に参加したり、練習会場にお邪魔したりした経験があるのですが、パラアスリートの凄さを一番実感したのは、直接お話させていただいたときだったからです。

パラアスリートは競技の中でも凄いのですが、生活の中でも「えっ、そんなことできちゃうんですか?!」というようなことがあります。

例えば、両腕の肘から先が無い選手がいらっしゃり、ペットボトルをお渡しする際に、「(蓋を開けてあげなきゃいけないのかな?)」と心の中で逡巡したことがあったのですが、その方はとても器用に蓋を開けてしまいました。
また、視覚障害のアスリートなど、私があれこれお世話をしなくても、ものすごい空間把握能力と記憶力をお持ちで、一度行ったことがある場所については、ほとんど自力で行動されます。

私のような凡人もそうですが、子どもたちのように人生経験の浅い人には、そういう日常生活での凄さの方が伝わりやすく、印象にも残りやすいと思います。

私のような大人でも、パラアスリートとの交流を通じて、

バリアフリーとは何か?
ハンディキャップとは何か?
差別とは何か?
多様性とは何か?
思いやりとは何か?

いろいろ考えさせられました。

別にあれこれと言われたわけではないのです。
自然と多くの気づきが得られるのです。

そうした気づきをもって、説教臭く「こうあるべきだ」とか、「こうしたらいいね」なんて言うつもりはありません。
そんな結論はすぐに出るものでもありません。

1つだけ、これは確実だと思うのは、ハンディキャップを持った人と接する機会は意外と少なく、「お互いを知る」という場が不足しているということですね。
特に小中学校での教育なら、1度の機会で結論を得ようとするのでなく、知る機会を増やす、知る度合を深めることに注力することが大事なのではないかと思います。

「テレビで観戦してみる」
「その後の大会も見に行ってみる」
「パラアスリートに会うために練習会場に行ってみる」
「お話を聞いてみる(インタビューしてみる)」

小学校高学年から中学くらいがよいですかね。
それくらいの時間を使って、複数の機会を設けてみれば、余計なことはしなくても本当に有意義な学びの場になるはずです。

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