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「旅=学び」の九州旅行 その2

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前回記事、青ティ家の九州旅行の続きとなります

軍艦島

船から見た軍艦島(青ティ撮影)

現在、個人での直接上陸が許されていない軍艦島。
軍艦島に上陸するためには、上陸ツアーを実施している業者への予約から始めなければなりません。

軍艦島ツアーを運営している5社の予約状況まとめサイトがありますので、定期的にこのサイトをチェックします。

↓↓↓5社横断カレンダー
https://nagasaki-tours.com/gunkanjima-tour-calendar

予約日の競争はそれなりに激しいので、直近での予約日はほとんど満席になっていると思いますが、諦める必要はありません。複数日程押さえている人がキャンセルをするからです。
予約サイトを毎日確認していると、キャンセル料の発生する8日前まであたりを目途にリリースされる日程が不定期に出現します。サイトをマメにチェックし、希望日の空きが出たら即押さえます。
土日祝日も含めて必ずキャンセルは出ますので、諦めずに待つことが重要です。
あと、同行者全員分の予約を一度に取ろうとせず、1名空いたら1名確保、もう2名空いたら2名確保という具合に、希望日ならば分割でも押さえてしまうのがコツみたいです。

ツアーは集合時間から解散まででおよそ3時間程度です。
船で移動する時間もそれなりにありますが、その時間も軍艦島の説明など、飽きさせない工夫がされています。
青ティ家はここでお金をケチらず、一番上のクラスを予約したのですが、座席が良いだけということではなく、記念写真等の行動もいちいち優先してくれるので、値段なりにサービスが差別化されていて満足感がありました。
ただし、島に上陸できるかは天候等の条件によるので、そこは運の要素も強いです。
(青ティ家は運と天候に恵まれました)

ドルフィン桟橋

軍艦島のドルフィン桟橋(青ティ撮影)

上陸して見た軍艦島の光景は、まさに風化が進む廃墟といったところです。
もう修復などはしないそうなので、風雨や波にさらされて崩壊が進むのみです。
ですので、見られるときに見ておくべき観光名所と言えるかもしれませんね。

軍艦島

この日は天候にも恵まれました

端島炭鉱が開業していた当時、そこは三菱が所有していました。
狭い島の中に約5,000名が居住しており、東京を超える人口密度であったそうです。
よく聞く話ですが、端島の鉱員は高給取りであり島民の暮らしは豊かであったとのこと。
そうした豊かさに加え、島民ほぼ全てが顔見知りで助け合いながら暮らしていたため、犯罪はほとんどなかったそうです。
(一応、留置場的な場所が用意されていたらしいのですが、公式に使用されたことはなかったとの島民談話が残っているそうです)

島に降り立ちますと、基本的に「廃墟」という表現以外の言葉が無いのですが、そこにかつては人がひしめき合って暮らしていたこと。国を救う貴重な石炭を24時間稼働で採掘していたことなどを想像し、なんとも形容しがたい気持ちになります。
何千年も離れた昔でない、ほんの100年ほど前にでき、50年ほど前まで島民が使用していた施設が無人の廃墟となっている不思議さ。
そこにかつてあった人々の活気とのギャップですよね。

チリ太郎もさすがに何か感じるところがあったのでしょう。
無人となった廃墟をスマホで撮影していましたね。

チリ太郎は記念写真の類は滅多に撮らないので、とても珍しいと思いました。

崩れ行く住宅

崩れ行く住宅(青ティ撮影)

軍艦島ツアーで様々な角度から当時の島の生活などが紹介されますが、核心となるのは、「それほどまでに端島から出る石炭が貴重であった」ということです。

「軍艦島は形が珍しいから世界遺産になったのではない」
と軍艦島デジタルミュージアムのガイドの方が語っておられました。

明治日本の産業革命があったことで、日本は欧米列強からの侵略を受けずに済みました。
産業革命を支えたのは日本が短期間で習得した製鉄技術であり、その影の立役者として端島で採掘される貴重な石炭があった。つまり、端島の石炭が日本を侵略から守ったのだと。端島の歴史研究をされている方の中には、そういうロジックで語られる方もいらっしゃいます。

何も知らなければ、たかが石炭。国内でも採れる石炭です。
しかし、軍艦島で取れた石炭は、「強粘結炭」という製鉄において非常に優秀な働きをするものであったそうです。
同じ九州の有名な炭鉱である「筑豊炭田」の石炭は製鉄には適していなかったそうですから、この石炭の品質がその時代における軍艦島の価値を押し上げたと言えますね。

この点は書籍などでもわかることなのですが、恥ずかしながら、私は現地に行って説明を聞くまでよく知りませんでした。
よく考えれば、単に珍しい景色だというだけでは世界遺産にはならないわけです。
文化遺産の場合は、訪れる人に訴求する歴史的なストーリーがあり、それを現地で学ぶことこそ醍醐味ですよね。
今回、大した動機もなく旅行先に選びましたが、チリ太郎のように将来のある若者を連れていけたことは大変有意義だったと思います。

文化遺産として歴史の勉強になる軍艦島ですが、一連の説明を聞いていると理科的な勉強にもなります。

鉄を鉄鉱石から取り除くには、コークス(炭素)と反応させて還元するわけですが、コークスは石炭からつくります(蒸し焼きにするらしいです)。
そして、そのコークス(石炭)の品質によって鉄の質が変わるとのこと。

世界遺産というのは、基本的に特定の施設の歴史的な側面を評価しているわけですが、そこで説明されたことを「なぜ?」と深堀りしていく中で、前述のように理科に関わる知識とか、様々な教科の内容に発展していくことがありますよね。
そのように、旅の中で思いがけずに発生する「新たな知識との遭遇」というのも楽しいものです。

例えば、コークスを触媒として鉄鉱石から酸素を還元する式って書けるかな? とか、
炭素以外のものを触媒にすることもできるはずだよね? とか、
石炭も石油も化石燃料だけど、石炭は石油ほど産出地域に偏りが無いのはなぜかな? とか、
化石燃料への依存を解決する新エネルギーの研究は進んでいるのだろうか? とか、
様々な疑問が湧いたので、そんなとりとめのない疑問をチリ太郎と語り合ったりしました。

自分で計画した旅ではなく、誰かが用意したものであっても、行ってみたら何か感じるものがあるかもしれない。
そこで思いがけない興味の対象に出会うかもしれない。
学校の校外学習だってそうですしね。
そういう経験を積み重ね、いずれは自分の意思で行動しながら物事を探求していく子に育って欲しいと思います。

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